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恐ろしいロシアの侵攻が始まってから『まもなく』500日。ウクライナIT部門は強化され、進化し続けています。500日前(戦争直前)、世界はウクライナをどう見ていたでしょうか?20万人のロシア兵に国土を囲まれ、侵攻まで秒読み、3日で首都キーウ陥落、とまで言われていました。ロシアがウクライナに侵攻したら最大規模の経済制裁だ!と欧米は激しく牽制していました。世界中のビジネスマンは『まさか戦争なんて始まらないだろう。でももしも戦争が始まればウクライナは崩壊するのではないか・・』という絶望的な懸念を抱いていました。
多くのウクライナIT企業は、戦争が始まったときに備えて、オフィスの移設や、エンジニアの引越しを実施していました。戦争がスタートするのかしないのか、もしスタートした場合にどの地域でドンパチはじまるか、どの程度の攻撃が加えられるのか、色々と予想が難しい中で、オフィスをポーランドや国外に新設し、エンジニア達も、国外やウクライナ西部に退避していました。
そんな中、2022年2月24日をむかえました。大方の予想を覆し、ロシアは、ウクライナ全土に一斉攻撃を仕掛けてきました。ウクライナ国土は、日本の1.5倍の面積です。首都キーウにいた私たちは、爆発音で目を覚ましました。思い出すと今でも背筋がゾクゾクします。
500日前(戦争直後)、世界の主要国、機関、メディアは「ロシアは世界2位の軍事大国。ウクライナは侵攻に耐えられない、もって1か月か・・」「ウクライナにヘルメットを5000個供与しよう(ドイツ)」「ロシアによる武力侵攻を最も強い言葉で非難する(日本)」「ロシアにガスやオイルを止められたら困る(西側諸国)」と言っていました。ロシア=恐怖であり、何をするか分からないロシアに対して世界は及び腰・逃げ腰でした。外国大使館はキーウから続々と逃げ出し始めていました。
500日後の今日はどうでしょうか。すべてが対照的になっています。3日で陥落せず今でも戦い続けています。ドイツはヘルメットではなく、レオパルト2戦車を提供しています。アメリカはパトリオット防空システムを提供しています。ジョー・バイデン米大統領はワルシャワで演説し「ウクライナの抵抗計画は、誰もが予想した以上に、あらゆる面でうまくいった」と言い切りました。ウクライナのITセクターも同じです。
世界の助けもあり、ウクライナITは、縮小するどころか拡大の勢いを見せ、戦時下でも世界のハイテク企業を支え続けています。ウクライナが崩壊するのと同時に消滅すると言われていたウクライナITは、恐怖と重圧の中でも成果を上げる能力を身に着けたのです。
ウクライナのIT大臣は、正式には「ウクライナデジタル変革省の大臣」となります。ウクライナ国家のデジタルトランスフォーメーション(DX)を任せられている省庁の大臣で、2023年6月時点においてはミハイロフェドロフ氏が務めています。 別ページで、ウクライナのIT大臣に関する詳細をご確認ください。
ウクライナIT軍(It Army Of Ukraine)は、ロシアの本格的なウクライナ侵攻開始後(2022年2月末)に結束した、世界中のITプロフェッショナルによるコミュニティです。 ウクライナIT軍は、ウクライナで最も強力なITコミュニティで、800以上のターゲット・プロジェクトを同時に扱うことができます。さまざまなレベルの専門家が、敵国の情報資源やサービスを攻撃するための自動化システムを作り、今も作り続けています。ロシアのウクライナ侵攻後、情報・サイバースペースにおける敵を無力化するために作られたのがウクライナIT軍です。
ウクライナIT軍(It Army Of Ukraine)は、侵略国の経済を枯渇させ、重要な金融、インフラ、公共サービス、大口納税者の活動を妨害することによって、ウクライナの戦争での勝利を近づけることを目的(任務)としています。平和な日本人の皆さんがこれを聞けば『怖い・・危ない・・』と思うと思いますが、ウクライナIT軍がこの任務を遂行できなければ、もっと怖いこと(ロシア人によるウクライナ人へのあらゆる侵略・破壊行為)が続行されます。ウクライナは今『有事』であり、『平時』ではないことをご理解ください。
また、敵(主にロシア)メディアのプロパガンダをブロックし、ロシアからの偽情報を与え続けられている弱い立場の視聴者(ロシア領にいるロシア人や、ロシアが武力で占領しているウクライナ領のウクライナ人など)に戦争に関する真実を提供する任務も遂行しています。ウクライナIT軍は、侵略国(ロシア)のすべての国民に、自分の国家が侵略行為(戦争)をしていることに気づかせ、疲弊させ、反戦運動に取り組む勇気を与え、ロシア国民自らが自国の過ちを正すことを望んでいます。
ウクライナIT企業の考え方はシンプルです。『準備がすべて』です。Forbes誌でも取り上げられていました。『最善を望むなら、最悪に備えよ』という意識をもっているのがウクライナITです。これは、ウクライナ国内から生まれた発想というよりは、世界を代表するハイテク企業(Microsoft、IBM、Apple、Googleなど)の開発を2000年代初頭からずっと請け負ってきたことが起因するのかもしれません。
2022年2月24日、腹の底に響く空爆音がウクライナ国民に衝撃を与えたとき、ウクライナのIT企業はすぐに戦時下モードに切り替えを行いました。すでにすべての必須データを安全なストレージに移し、重要な業務を保護するための包括的な対策(戦時事業継続計画)を準備していたウクライナITは、スムーズに戦時下モードでの仕事体制に入ることができたのです。
ウクライナIT組織の幹部は、ウクライナ人エンジニアやスタッフを安全な場所に移送する方法を計画し、侵攻後、故郷を離れなければならない人たちに宿泊施設と経済的支援を迅速に提供しました。ウクライナIT企業の80%は、比較的安全なウクライナ中西部で働き、残り20%はポーランドなどの海外オフィスで働いています。
もちろん、侵略開始直後は開発の中断や遅れが生じたケースも報告されています。ロシアの大砲で街が破壊され、一般市民の虐殺が多数発覚し、無秩序に西へ逃げていくような状況もありました。が、パニックが続いたのは束の間、日本の皆さんもメディアを通じてご覧になっているとおり、ゼレンスキー大統領をはじめ、ウクライナ国民の1人1人が粘り強くロシアと戦っています。中でもウクライナITセクターは、戦争による影響を最小限に食い止めることに成功した部門です。
パンデミック時から、ほとんどのソフトウェア開発者にとってリモートワークが当たり前になっていたこともあり、数多くのITエンジニアが防空壕の中で家族や隣人と身を寄せ合いながらコードを書くことになっても、パフォーマンスが大幅に低下することなく仕事を続けることができました。信じがたいことかもしれませんが、ウクライナIT部門は、ロシアの全面的な侵略に直面し、強烈な痛みを感じながら、耐え、戦っているにもかかわらず、2022年第1四半期に昨年比25%増の20億ドルという記録的な成長を達成しました。
2016年、ウクライナITセクターで働く専門家は10万人でした。2023年には33万人以上となり、その数は3倍になっています。STEMをはじめ、高等教育制度が発達しているため、技術系学士・修士が増加し続けており、ウクライナのIT人材プールは世界でも有数の充実度を誇るようになっています。戦時下において、ウクライナ国全体(経済も防衛も含む)の発展にITが欠かせない要素であることを再認識し、世界各国の支援も受けながらウクライナIT人材は増え、強化されています。
TechUkraineによると、ウクライナIT企業の8割が戦時下においても新規顧客を獲得しています。隣国などに一時移転したオフィスでの受注も含めるとその割合は更に増します。世界のハイテクIT産業とウクライナとは非常に深く密接に繋がっていることがうかがえます。
戦時下のウクライナでIT開発を推し進める企業は、戦争を見て見ぬふりせず、リスクを計算しながら開発計画を進めています。ウクライナIT業界の極めて有利な税制にも目をつけ、ウクライナ人エンジニアの時間給に魅力を感じているのです。
自社の技術パートナー(ウクライナIT企業)が本格的な大戦争の中でも効率的にパフォーマンスを発揮できると証明されたことで『これこそ求めていた信頼性の高さだ 』と思っている世界企業も少なくないのではないでしょうか。2024年の予測としては、56%のウクライナIT企業が3~30%の事業成長を見込んでいます。
多くのIT専門家やメディアが、戦時下においてウクライナITセクターがどのように機能しているのかを知るためにウクライナを訪れています。ロシアによる侵攻は、占領、破壊、虐殺だけではおさまらず、ウクライナのインフラ設備を総攻撃することでウクライナ全土に電力不足(停電)をもたらしました。しかしそれをもウクライナ国民は乗り越え、結果として、ウクライナITセクターも仕事を続けました。
電力網が破壊され、電力供給が途絶え、インターネットが遮断され、誰もが「もう不可能だ」と考えていたにもかかわらず、ウクライナITエンジニア、ITマネージャー、Cレベルのエグゼクティブなどなどは、驚くべき適応力と柔軟性、そしてプロとしての意地を発揮し、真冬に電気もインターネットもないという状態の中で、ウクライナIT分野における損失を最小限に抑え、難局を乗り越えました。
しかしもちろん2023年7月時点において、戦争はまだ終わっておらず、誰も立ち止まってはいません。ウクライナITセクターは、より多くのITエンジニアやスペシャリストを育成・雇用し、訓練するための努力を倍増させています。また、オフィスやスタッフの移転、新設備の補充などを図り、より安全で堅牢な開発に向けてさらなる最適化戦略も生まれています。
ロシアによる更なる戦争犯罪を危惧する声がある中でも危機は静まりつつあり、状況を十分に分析した外国企業や各国大使館は、徐々にウクライナ(西部地域を中心に)に戻って来ている事実もあります。また、多くの投資家(投資会社)が戦時復興、戦後復興を踏まえて準備を開始しています。
ウクライナITスペシャリストの多くは、政府向けの最先端サイバーセキュリティーや戦争(防衛)技術の構築に深く関わっており、極度のプレッシャーの中で研ぎ澄まされ、この上ないスピード感で開発を進めています。投資家の多くは、戦争から立ち直り、今や全世界にソフトウェアソリューションを提供している強力なIT産業を持つ『イスラエル』の教訓を念頭に、戦争が終われば、ウクライナと全世界の間で巨大ITビジネスが動き出すと考えています。
ウクライナ国立銀行の報告書は、ウクライナITの安定性を証言しています。2022年の最初の5ヶ月間でウクライナITは31億ドルの収益を上げ、その多くはFortune 500に名を連ねている世界企業からの収益です。ウクライナのIT専門家が、Apple、Google、JP Morgan、BMW、Citi、Deutsche Bank、L'Oreal、Cisco、Boeing、Samsungなどなど、世界をリードする企業で働き続けていることは、大変良い兆候です。
ウクライナITコミュニティの誰しもが、国全体と同じように、500日よりもずっと長く、この戦争を感じていると思います。それだけ、数えきれない困難と恐怖と怒りを乗り越え、数えきれない成果と勝利を味わってきた、濃い500日だったと言えます。
この戦争があと数か月で終わるのか、まだまだ何年も続くのか、誰にも分かりません。でも、ウクライナITコミュニティーの皆さんは、準備が全て(先手先手の先回り)の戦略で、この難局を乗り越え、強く成長していくものと推測します。